「あきたレビュー大賞2025」では、秋田県内に在住の方又は勤務・通学する方を対象に「その本を読んでみたい」と思わせる書評を広く募集し、応募された56作品の中から最優秀賞と優秀賞を決定しました。

 
 入賞された方々及び入賞作品、選考委員長による講評をご紹介します。(敬称略)

《各項目をクリックすると詳細をご覧になれます》 

入賞者及び入賞作品(敬称略)  

最優秀賞

藤田 佳奈子(秋田市)

書評の題名

「運命」

書評対象図書名

ヴィクトール・E・フランクル 著/池田 香代子 訳
夜と霧【新版】』(みすず書房)

「夜と霧 新版」の表紙画像

レビュー

 死にたい、生きている意味がわからない。こころを病んだ人たちの話を聴く仕事をしていると、よくこのような悲痛な叫びを聴くことがある。そしてそのようなとき、私は、その悲痛な叫びの背景にある問題、生活環境、こころの病などを想像し、いくらかでもその苦痛に寄り添った、寄り添ってもらえていると思ってもらえるような対応、言葉がけを心がけている。
 しかし、内心では私もわかっていない。なぜ生きなければならないのか。どうして生きることを選択しなければならないのか。苦しんでいる人たちに対し、自分が助言して差し上げられること、具体的に援助したり支援したりして差し上げられることなどごくわずかなことに限られているのに、自信をもって「生きた方がいい、生きなければいけない。」と言うことができない。私は話を聴くことを仕事とする者として、プロフェッショナルになれているだろうか。
 本書は、この哲学史上永遠のテーマとも言えるだろう難解な問いに対して、一定の答えを示してくれている。すなわち、私たちはもう生きることの意味を問うことをやめ、私たち自身がその答えにならなければいけないのだ。<生きるを体現し続ける>ことが生きることなのである。
 本書の著者は、第二次世界大戦時、アウシュヴィッツ強制収容所での生活を経験した。人間の命が番号で管理され、まるでゴミくずか何かのように、その生死を決められてしまうという恐怖を味わった。それまでの人生の背景や人間としての尊厳はまるごとないものとされ、過酷な労働を強いられ、劣悪な生活環境で息をしていることを強いられた。そして、そのような地獄の中にあっても、著者は心理学者かつ医師であることを諦めず、仲間の魂を生きることに導いた。
 著者の記録には、答えの出ない問題にこころを尽くして向き合い続けることの苦しさとともに、その尊さが描かれている。困難な状況や苦しい環境からは逃げたとしても、<人間としての歩みを止めない>ことの尊さが描かれている。
 メンタルクリニックや精神科外来の予約が取りづらいほど、こころに不調をきたしている人たちが多い現代社会において、著者ならば、患者にどのような言葉をかけるのだろうか。
 私は地獄を知らない。これからの人生でどのような困難に見舞われるかもわからない。しかし、本書に出逢えた私は予約の要らない精神科医に出逢えたと言える。この運命に感謝したいと思う。

 

 
 

 


優秀賞

伊藤 俊輔(にかほ市)

書評の題名

「人生は短い、だからこそオモチロイ夜を」

書評対象図書名

森見 登美彦 著/角川書店装丁室 高柳 雅人 デザイン
夜は短し歩けよ乙女』(KADOKAWA/角川文庫) 

「夜は短し歩けよ乙女」の表紙画像

レビュー

 もし、あなたの人生に「面白さ」が欠けているとしたら――。
 
 物語の舞台は、幻想的な京都の夜。好奇心旺盛な「黒髪の乙女」が、「オモチロイ」ことを探して街を歩き回る。その姿を追いかけるのは、恋する大学の先輩。「なるべく彼女の目にとまる」「ナカメ作戦」を実行するが、ことごとく空回りしてしまう。ふたりの道すがらには、偽電気ブラン、奇人変人たちが待ち受け、春の酒宴、夏の古本市、秋の学園祭、冬の奇怪な風邪騒動――四季を通じて次々と珍事件が巻き起こり、読み手は否応なく引き込まれていく。
 
 この小説の魅力は、奇想天外な出来事の連続だけではない。古典の香り漂う文体と、ナンセンスギャグの軽快なリズムが織りなす独特の調べは、ただの恋愛譚を超えて、まるで現代の寓話のように響く。ページをめくるたびに笑い、首をかしげ、そしてふと胸が熱くなる――そんな体験が待っている。
 
 そして最後のページを閉じたとき、胸に残るのは「人生は短い。ならば、もっと面白がって生きていいのだ」という、ささやかながら強烈な余韻。この読後感こそ、本書が多くの賞に輝き、再読を誘う理由に違いない。
 
 ただし注意してほしい。この物語には一度触れてしまうと繰り返し読みたくなる魔力がある。決して忙しい人は読むべからず。すでに人生を心から楽しんでいる人にも必要ない――。
 なぜなら、この一冊は「退屈を感じている人」にこそ効く特効薬だからである。実際、私は気づけば何度もページをめくり直していた。読むたびに新しい発見があるのだから、困ったものである。
 
 『夜は短し歩けよ乙女』は、山本周五郎賞を受賞し、本屋大賞でも第2位に選ばれた傑作。しかし、評価の本質は「賞」ではなく、読んだ人だけが知る心の変化にある。日常に潜む小さな冒険や偶然の出会いを「オモチロイ」と思えるかどうか。それを確かめられるのは、本を開いた人だけ。
 
 さあ、あなたも今宵の京都を歩く乙女のあとを、こっそり追いかけてみてはいかがだろうか。
 
 歩いたぶんだけ、あなたの世界は少しだけ面白くなる。

 

 

 


優秀賞

富橋 芙美(秋田市)

書評の題名

「エンドロールのその向こう」

書評対象図書名

安藤 祐介 著
本のエンドロール』(講談社文庫)

「本のエンドロール」の表紙画像

レビュー

 今、手元にある本の奥付を開いてみてほしい。タイトルや発行日、著者名、発行所などの後、大半の人に意識されず、それでも確かに記されているのが印刷会社だ。
 浦本学は印刷会社「豊澄印刷」の営業担当として、良い本を作るべく仕事に勤しんでいる。しかし、その情熱はいささか空回り気味だ。就職説明会で「印刷会社はメーカーだ」と熱弁したところ先輩の仲井戸に一蹴され、取引先の要求に応えようと現場に調整を頼んだところ同期の野末に「伝書鳩だ」と揶揄されてしまう。そして現実は厳しく、製本後に誤字が発覚したり、巨匠デザイナーや大御所作家が無茶を求めてきたりと、トラブルが尽きない。しかし、それらを乗り越える度に、印刷営業として成長し、周りの意識も少しずつ変えていく。
 締切に追われる作家や、作家に振り回される編集者に焦点を当てた作品は多々あるが、印刷会社を題材にするのはなかなか珍しい。この作品では、校正や原稿の流し込み、紙の素材や特殊加工、印刷など、作家が書き終えてから本になるまでの過程を知ることができ、それだけでも本好きにはぜひ読んでほしい理由になる。印刷工程においては特に詳細だ。通常の四色のインキでは表現しきれない「特色」と呼ばれる色を職人がインキを練り上げて作っていること。紙は水分を含んでいるため天気や湿度で状態が変わり、その変化にインキの量や印刷機の設定を合わせないといけないこと。「印刷」という仕事の裏側に触れるにつれ、思わず棚にある本を手に取り、紙質や表紙の色、加工を確かめたくなる。特色職人のジロさんや機械のメンテナンスに余念がないキュウさん、堅実な仕事ぶりの野末が頼もしい。
 「印刷会社はメーカーだ」、「夢は毎日の仕事を手違いなく終わらせること」、「印刷会社は本の助産師のようなもの」、「給料に見合った責任を果たすだけ」……。登場人物が抱く仕事観はそれぞれ異なる。また、作中では、手作業と機械、紙の本と電子書籍、営業と現場、作家と編集者といった対立構造も見られる。しかし、全員の根底にあるのは「良い本を作りたい」という本への愛だ。本はたくさんの人と人、人と機械が一体となって作られるものだということを痛感する。そして同時に、読んだ人はきっと自分の仕事に置き換えて考えることだろう。一人で完成する仕事はない。誰もがきっと、本の奥付=エンドロールの文字の向こうに名前が刻まれているはずだ。

 

 

優秀賞

草彅 未希(北秋田市)

書評の題名

「ビジネスライクでいこう」

書評対象図書名

ジェーン・スー 著
介護未満の父に起きたこと』(新潮新書刊)

「介護未満の父に起きたこと」の表紙画像

レビュー

 この書の筆者ジェーン・スーはコラムニスト、そしてラジオパーソナリティをやってのける言葉のプロフェッショナルだ。『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』では、中年女子の葛藤を愛ある言葉で愉快にツッコみ、『女の甲冑、着たり脱いだり毎日が戦なり。』では、現代女性に応援のメッセージを届けてくれた。
 そんな筆者が実の父の介護に関する本(実際は介護未満)を出版すると聞き、わくわくした。いつかやって来る親の介護。育ててくれた恩返しはしたいが楽しみではない。普段だったら介護の本を読もうとは思わないが、女性の悩みを真剣に受け止め、笑いを交えて表現する筆者が描く介護の世界に興味が湧いた。
 筆者の父は82歳(2020年当時)で独居老人。59歳のときに妻に先立たれ、現在は団地住まいだ。口達者でガールフレンドがいるくらい元気だが、物忘れが激しくなっていた。それでも「なんとかなる」とうそぶいていた筆者に、その日は突然やって来た。日頃父の生活を支えていたガールフレンド(こちらもご高齢とのこと)が療養のため長期離脱を余儀なくされたのだ。
 心配して父の家を訪問すると、そこは汚部屋一歩手前の状態だった。これはいかんと必死に部屋を片付ける筆者をしり目に、父はテレビを見ているだけ……ここで怒り爆発(老人虐待はいけないが特別なことではないのかもしれない)とならないように筆者は動き出した。ビジネス書を購入し、父の諸問題をビジネスタスクに見立てたのだ。そしてやることツリーやマトリクス表を作成し、筆者がやること、父がやること、外注することを明確にしたのだ。外注先を数社比較検討するあたりもビジネスライクで気持ちがいい。
 それでも親子介護は難しい。親しさゆえの気持ちのぶつかり合いが起こらないように、筆者は父のケアを「終わらないフジロックフェスティバル」だと思うことにした。父を往年のスター、ミック・ジャガーと考え、無理を言ってきても怒らず、うまく誘導できるようにしたのだ。肉親だからこそ一歩も二歩も引いて相手を尊重する、そういう思いやりもケアには必要だと気付かされた。
 筆者は本書の中で、これまで向き合ってきた女性の諸問題と同じように、ユーモアを取り入れながら介護に挑んでいた。介護する未来に不安を抱いている人、介護される未来にちょっと向き合いたい人にはぜひ読んでもらいたい。「介護頑張ろう!」と思える一冊だ。
 
 

優秀賞

青柳 凜(秋田市)

書評の題名

「ゆっくり走る練習」

書評対象図書名

チョン・ソンラン 著/カン・バンファ 訳/坂内 拓 画
千個の青』(早川書房)

「千個の青」の表紙画像

レビュー

 私たちは言葉を知りすぎている。知らなければいいものを、自分が置かれた状況にぴったりの言葉を持ち合わせているから、悩むし、愚痴るし、言い訳してしまう。ならば、もし言葉を千個しか知らなければ、私たちに見える世界はもっと美しくなるのだろうか。
 競馬が過熱した近未来の韓国では、馬をカーレース並みのスピードで走らせるべく、軽量化されたロボットが騎手となっていた。コリーもそのうちの1台だが、開発中にチップが混入し、千個の言葉とそれを束ねる思考力を手に入れた。廃棄寸前の身でありながら、コリーは人間を――特に彼らの感情を――手持ちの語彙でひたむきに理解しようとする。
 感情の理解という意味では、コリーの置かれた環境は最適だったかもしれない。コリーの周りはみな、どこかしら傷ついているからだ。相棒の名馬・トゥデイは、過労が祟ってケガをし、今は安楽死を待つのみ。彼らを救おうと奔走するヨンジェは、自分の力が及ばない問題に幾度もさらされるうち、知ってか知らでか心に蓋をするようになった。姉のウネは幼いころから車いす生活だが、彼女からすれば、自身を不自由にしているのは実は社会の方だった。二人の母・ボギョンが、かつては俳優だったにもかかわらず、今は一人で飲食店を切り盛りしているのも、何か事情がありそうだ。そんな彼らの一筋縄ではいかない傷を、奇しくもコリーが癒していく。
世界は、コリーが知っている単語だけで表しきれるほど単純ではない。しかし、だからこそ、コリーの言葉には一切混じりけがない。血の通った人間は、ときに優しい噓をつき、それが裏目に出ることも多いが、コリーの目標はただ一つ。真理を捉えることだ。そんなコリーの澄んだ言葉は、私たちの傷口に、まるで軟膏のようにすーっと浸透していってくれる。
 トゥデイのように、今日まで痛みをこらえて全力疾走してきたけれど、もういつ足が止まってもおかしくないというあなたへ。本書からこの言葉を贈ろう。
「私たちはみんな、ゆっくり走る練習が必要だ。」
  
 

選考委員長 講評

 レビューとして書く 柴山 芳隆(作家/秋田市在住) 

 最優秀賞に輝いた「運命」は、『夜と霧』をレビューした作品である。3人の選考委員が一致して推したので早い段階での決定となった。対象図書のもつ重さに押し潰されることなく、自身の考えを自分の言葉でしっかりと述べている点がよい。対象図書は、誰もが必ず一度は読まねばならない範疇(はんちゅう)に属する著作だが、それを静謐(せいひつ)な文体で綴って、読者の心を奥深いところで動かす力をもっている。
 優秀賞は審査が難航した。数編が僅差で並んでいたゆえだが、最終的に4編に落ち着いた。「エンドロールのその向こう」は、本作りの裏側を描いた対象図書に焦点を当てたところが評価された。この部分はほとんど表面に出てくることがないからである。文章のまとまりもわるくなかったが、文題に対象図書の書名の主要部が用いられている点は疑問として残った。すてきな表題の翻訳物をフォーカスした「ゆっくり走る練習」は、レビュー本文の末尾に対象図書のテーマを生の形で提示しているのが効果的であった。表記上のミスが散見されるのは残念である。「人生は短い、だからこそオモチロイ夜を」については、今どきのレビューとの指摘が一委員からあり、書き馴れた人の作品であろうと共通認識した。頻繁に行開きされているが、それらがすべて効果を上げているようには見えないし、文題は一考を要する。「ビジネスライクでいこう」は、介護というきわめて今日的な課題に取り組んでいる姿勢が評価されたが、実際に日々介護に勤(いそ)しんで大変苦労している人々の胸奥深くまで届いているかという点になると多少物足りない印象を拭い切れなかった。
 惜しくも賞を逸した、知覧からの特攻隊の問題を取り上げた一編は、常識的な見方や評価に捉われすぎていてやや説得力に欠けるし、異色の小説に挑んだ「旅愁を感じて」は、文頭に置かれた前書きのような説明が不要である。
 総じて、まだ読書感想文やエッセイの域を出られないでいる作品が少なからずあり、冒頭から最後の一文まで、ブックレビューということをしっかり意識して書き進めてほしいと思った。

 

 

 

  

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