「あきたレビュー大賞2023」では、秋田県内に在住又は勤務する方を対象に「その本を読んでみたい」と思わせる書評を広く募集しました。

応募された作品の中から最優秀賞と優秀賞を決定し、令和6年1月26日に表彰式を行いました。

入賞された方々および入賞作品をご紹介します。

入賞者および入賞作品(敬称略)  

最優秀賞

瀨川 諒(秋田市)

書評対象図書

もういちど宙へ 沖縄美ら海水族館 人工尾びれをつけたイルカ フジの物語』岩貞 るみこ 著(講談社)

「もういちど宙へ沖縄美ら海水族館人工尾びれをつけたイルカフジの物語」の表紙画像

レビュー

 「あの子を助けたいんです。もういちど泳がせたいんです。」
 2003年、沖縄、美ら海(ちゅらうみ)水族館。誰もが知る大人気のこの水族館には、原因不明の病で尾びれの大半をなくしたお母さんイルカ、フジがいた。フジは3匹の子を産んだ、美ら海水族館のアイドルでありビッグマザーだった。尾びれがなくなってからは、気分が沈んでプールに浮いているだけのフジに、植田獣医師はもう一度泳ぐ喜びを思い出させてやりたいと考える。前代未聞、手探り状態のプロジェクトで、植田獣医師、水族館職員をはじめとする多くの人々、そしてフジ自身の協力でできたのは、ゴム製の人工尾びれ。フジは人工尾びれでまたプールを泳いでくれて……しかも泳ぐだけにはとどまらず……。その結末まで読むとみんな考えると思う。「あっ、水族館に行きたい。」
 この本は実際に美ら海水族館であった事実を基にしたドキュメンタリーだ。イルカをもう一度泳がせてあげたいという想いから始まった、情熱の物語。フジが病を発症したときの獣医師の不安や、尾びれを切除することへの葛藤、数多の困難に立ち向かう人々の意地。ただ人工尾びれを作るという結果だけではなく、その裏側の、人々の熱い想いを克明に浮き上がらせている。
 今も美ら海水族館ではこの時の人工尾びれを展示している。この本を読んで以降ずっと心に残っていた私は、実際にその人工尾びれを見に行ったことがある。見た目は尾びれ形のゴムでしかないはずのそれは、それに関わった多くの人の熱意の塊だった。もし機会があればぜひこの一冊とともに見てみてほしい。ちなみに秋田にも男鹿水族館があるが、ホッキョクグマの環境をかなり自然に近づけていたり、日本初の人工降雪機を設置したりと、その情熱が窺える。水族館の裏には多くの努力がある。美ら海水族館だけではない、いつも見る水族館の景色が一変すると思う。
 想いは世界を変える。そんなありきたりな言葉を現実にしたその姿勢に、一社会人として自分も勇気を貰えた。仕事に少し疲れている人、なんだか最近退屈な気がする人、そんなみんなの背中を押す一冊。イルカの人工尾びれプロジェクト。その結果と、そこに至る水族館の、社会人の、人間の情熱を一度目にしてみてほしい。

 


優秀賞

小野 佑真(秋田市)

書評対象図書

からくり夢時計』川口 雅幸 著(アルファポリス) 

「からくり夢時計」の表紙画像

レビュー

 あの頃に戻りたい。未来の世界を見てみたい。今とは別の時間軸に瞬間移動する「タイムスリップ」に、誰しも一度は憧れを抱いたことがあるのではないだろうか。
 そんな「夢」のような経験をすることになるのは、小学六年生の主人公・聖時。十二月のある日、父と兄の双方と喧嘩をした彼は、時計店を営む自宅の作業部屋に逃げ入る。細かい部品や様々な種類の時計が置かれたその場所で、たまたま不思議な形をした鍵を見つける。それをぴったり入る時計の鍵穴に差して回すと、なんと十二年前に「タイムスリップ」してしまうのであった……。
 ここまで話すと、ファンタジー色強めの子供っぽい小説に思われそうだが、決してそうではない。非現実的な設定でありながら、場面や心情の描写は極めてリアルである。特筆すべきは、視点人物・聖時の語りを通して感じられる、人の心の機微だ。私たちは日常生活を送る中で、実に様々なことを感じ取っている。が、それらをすべて言葉にしているわけではなく、心の中で思うだけのことの方が遥かに多い。日常にありふれすぎて意識にのぼることのないようなもの、例えば、言葉を発してから次の言葉を発するまでのコンマ数秒の間の感情の揺れなどが余すことなく語られる。こちらが恥ずかしくなってしまうくらい詳細な心情描写をなぞるうちに、いつしか読み手は小説の中の「聖時」になっていく。タイムスリップ×小説という思いきり「フィクション」の世界だったのが、いつの間にか「私」の物語になっていくのだ。小学校に入りたてのあなたは少し大人になった気分で、聖時と同じ年であれば自分自身に重ねて、それよりも上の年代なら小学六年生にタイムスリップした気持ちで楽しむことができる。誰が読んでも、きっと目の前で出来事が展開されるかのような没入感を覚えるはずだ。
 さて、この物語を貫くテーマは「愛」である。ここでいう愛は「誰かが誰かを思いやる気持ちそのもの」だ。親子、兄弟、友人、恋人。人と人との間を埋める様々な形の「愛」が、物語の随所に散りばめられている。そこに触れるうちに、いつしか温かい気持ちになってくるのは、果たして僕だけだろうか。
 私たちは、決して一人では生きていけないと分かっていながら、独善的になってしまうことがある。そんな時にこそ、本書を開いてみてほしい。きっと「誰かと繋がるのも悪くない」と、自然に思えてくるはずだから。

 


優秀賞

佐藤 真央(秋田市)

書評対象図書

収容所から来た遺書』辺見 じゅん 著(文春文庫)

「収容所から来た遺書」の表紙画像

レビュー

  私たちが当たり前のように生きている「奇跡」の裏側。
 第二次世界大戦後、寒さや飢餓、過酷な労働を強いられるシベリア抑留をされた俘虜たちがいる。「山本幡男」もその中の一人である。山本は、ロシア語ができることから、以前は満鉄調査部の北方調査室や特務機関において翻訳などの仕事をしていた。しかし、収容所内で、そのような「前職」を持つ者は吊し上げにされる。山本は裁判にて資本主義幇助罪、スパイ罪によって重労働25年の刑を受けた。そして、様々な収容所を転々とし、最終的にラーゲリという収容所に収容される。そこで出会った俘虜たちはみな、極限の状況下に心身ともに衰弱し放心状態にあった。しかし山本は、愛する家族が暮らす日本へ帰還すべく、常に前向きに、生きることに希望を持ち続ける。そんな山本は、俘虜たちの精神的支柱となり、生きる希望と日本の文化を忘れないようにと句会を開く。この句会こそ俘虜たちの唯一の楽しみであり、俘虜たちの明るく楽しげな表情や雰囲気こそ山本が句会を開くに至った本望であろう。
 しかし、病は静かに山本の身体を蝕んでいた。ある日、のどの痛みを訴えた山本は入院療養する。だが、生まれながらに病弱であることや劣悪な環境下での療養により徐々に衰弱していく。そんな山本の姿を見た俘虜たちは、家族に向けて遺書を遺すことを勧める。家族思いの山本は、その勧めに賛同し、やっとの思いで遺書を書き上げた。その後、山本はついに帰らぬ人となった。山本を慕う俘虜たちは、山本のために、危険を冒しながら遺書を暗記し、何十年もかけて山本の家族のもとへ届けるのであった。
 壮絶な環境下で最期まで生きる気持ちを持ち続けた山本や、彼を慕い自らの危険も顧みず山本の家族に遺書の内容を伝えた俘虜たち。彼らの紡ぐ「言葉」一つひとつに計り知れないほどの重みがある。また、一人ひとりに人権があり、自由がある現代だからこそ、過去の戒めを胸に生きていきたいと強く感じる作品である。過去と現代の「当たり前」の違いに、衝撃と感服、そして涙する。ぜひこの本を手に取り、ノンフィクションの彼らの生き様に触れていただきたい。

 


選考委員代表 講評

 心を動かす 柴山 芳隆(作家/秋田市在住)

 第2回目の今年の応募作は70編で、昨年のほぼ5割増しとなった。質的な部分は数値化しにくいが、こちらも確実にレベルアップしているとの手ごたえを感じた。
 最優秀賞作は、生きるということに関して人間と動物の間に差異はないと暗示している対象図書の本質をしっかりと捉え、その一端を読者に垣間見せることで、この書物を読んでみたいとの気持ちを喚(よ)び起こす。対象図書の著者の心と評者の心がそのレビューを読む人の心に一直線に伝わってくる。
 2編の優秀賞作のうち、タイムスリップをツールにした小説を取り上げたレビューは、対象の小説を深く読み込んでいる点がまず高く評価される。孤立しがちな現代人に向けて鳴らす警鐘も、小説の作者からきちんと受け継いで生かしていると評価できる。ただ、終盤がやや説教調になったのはマイナスである。
 もう1編の優秀賞作は、シベリア抑留という悲惨な歴史を扱った著作を取り上げた一文である。自身の読後感をよくコントロールして、生の形で自分の感情を吐露していない点がよい。評者の姿勢が全体的に前向きなところも評価できるが、表現に多少の不備があるのでそこは改善の余地がある。
 惜しくも賞は逸したが、各選考委員の評価の高い作品も少なくなかった。このうち、『流浪の月』をレビューした作物(さくぶつ)は問題提起型とも言えるような一文で注目に値するが、冒頭部分が重すぎるなど、構成上の問題が小さくない。『おしゃべりな人見知り』を評した一文は、対象作品に合わせたような軽やかな文体が魅力的。引用したレシピブログがやや長すぎ、全体のバランスを損ねていた。その他、『じんかん』『猫を棄てる 父親について語るとき』も好評で、差は紙一重であった。
 レビューを書く際に大事なのは、それが読書感想文で終わらないようにすることである。書物を読んで感動しても、感動したモードのまま文章化の作業に入るとそれは読書感想文になっていく。いったん停止し、感動の由(よ)って来たる所以(ゆえん)を分析、レビューの組み立てを検討したうえで執筆に取り掛かる必要がある。
 レビューは、それを読んだ人が心を動かされて、対象作品を買い求めるために出かけるといった行動まで引き出さないと本当に効果を上げたとは言えない。そして、読み手の心を動かすには書き手も心で書くことが求められる。レビューには、ウォームハートとクールヘッドが不可欠なのである。

  

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