『岡本元朝日記』バックナンバー

2019年04月03日 | コンテンツ番号 41327

第1巻

 第1巻は、岡本元朝が秋田藩の相手番をつとめた元禄8年(1695)正月から同14年(1701)8月までを収録しています。元朝は元禄10年(1697)に、藩の修史事業の統括を命じられます。修史事業は佐竹氏歴代の家譜の他に、家中の文書や系図の検討など多岐に及びます。元朝は自らも史料を調査し、意見を述べるなど、精力的に活動しています。

 

第2巻

 第2巻は元禄14年(1701)10月から同16年(1703)2月までを収録しています。元朝は元禄14年10月に秋田藩家老に任じられます。藩の中枢におりましたので、藩政に関する記事の他、赤穂事件に関する記述など、記載する内容がより豊富になります。元朝の日記から江戸時代中期についての多くの発見をしていただければと思います。

 

第3巻

 第3巻は元禄16年(1703)3月から同17年(1704)2月までを収録しています。この巻では元禄16年4月に秋田藩3代藩主佐竹義処の嫡子、義格が江戸城で5代将軍徳川綱吉に謁見(御目見得)しました。同年6月、参勤交代の帰途に佐竹義処が横手で病死し、義格がわずか10歳で家督を継いでいます。同年10月には幕府から国目付が派遣され、藩の監察を行いました。家老として幼い藩主を支えながら難題に取り組んだ元朝の姿をご覧ください。

 

第4巻

 第4巻は元禄17年(1704:同月に宝永と改元)3月から宝永2年(1705)6月までを収録しており、能代を中心とする大地震、藩主佐竹義格の初めてのお国入り、幕府から派遣された国目付の動きなどが記録されています。

 宝永元年4月には筆者の岡本元朝が家老として江戸に上り、幕府や他藩などとの折衝に当たる様子や江戸周辺を襲った洪水の様子などが記されています。また利根川新川の普請工事が秋田藩に課せられるなど、様々な出来事に元朝が対処しています。