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秋田じんぶつ史 第二十回 古代アンデス文明研究家 天野 芳太郎

秋田じんぶつ史 第二十回 古代アンデス文明研究家 天野 芳太郎事業と古代文明への夢

 七十三年前、インカ帝国のマチュピチュ遺跡に日本人が初めて立った。海を渡り南米で事業を成していた天野芳太郎である。そして天野は、後にインカに先立つプレインカのチャンカイ遺跡を発掘することになる。

 天野は明治二十三年、現在の男鹿市脇本字脇本に生まれた。県立秋田工業高校を卒業後、横浜市で造船業や鋳物工業に従事した後、まんじゅう屋を開業した。店は繁盛したが、天野は海外で事業を起こすために渡航。昭和三年にウルグアイへ。さらにベネズエラ、パナマへと拠点を移す。アイデアあふれる商法で「天野商会」は国一番のデパートへと急成長。昭和十年からは、チリで農業、コスタリカで漁業、エクアドルで製薬、ペルーで金融、ボリビアで森林開発と、「一国一事業」を進めた。 

 事業は大成功だったものの、太平洋戦争が勃発。パナマの実質的統治国アメリカに捕らえられた天野は日本に送還された。講演や海外向けの放送、著書の執筆に励んだ後、昭和二十六年に再び南米へ。今度は、ジャマイカ、パナマを経てペルーに入国し、漁業会社を設立した。

 天野には、ほかにも大きな夢があった。古代文明の研究である。少年の頃の黒曜石の石槍や石斧採集の思い出や、トロイの遺跡を発見した考古学者シュリーマンの著書に感銘を受けたためと言われている。

 天野は再度、南米で事業とアンデス文明の研究を再開する。そして、ペルーの首都リマの北西にあるチャンカイ渓谷の発掘に着手するのである。

 天野の秘書であり後に結婚した美代子さんは日系二世。スペイン語に堪能で事務能力にも優れたこのよき助手に助けられ、収集は進んだ。美代子さんは「家族で収集品を整理したり、チャンカイ文化の代表的な出土品である織物を天野が自分できれいに伸ばしたりしていた」と、アンデス文明をこよなく愛した様子を語る。

 昭和三十九年、リマの自宅近くに天野博物館が完成。三階建てで土器・土偶・石器・織物など収蔵品は十万点に達する。ペルーから文化功労勲章、日本から吉川英治文化賞と国際交流基金賞を受け、天野は昭和五十七年に亡くなった。

 天野の意志は現在も受け継がれている。天野博物館ではペルーの文化庁と日本の文部科学省の協力を得て、チャンカイ谷の一画で発見したラス・シクラスの遺跡を調査している。紀元前三千年にまでさかのぼるアンデス文明最古の遺跡の一つと見られている。

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文/日本ペンクラブ会員 遠藤 知子

顕彰碑
天野の没後十周年の平成四年に脇本公民館に顕彰碑が建立された。
今年の記念会には美代子夫人や家族が参列した。
写真提供  肖像/男鹿市脇本天野芳太郎顕彰会


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