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秋田じんぶつ史 第十二回 小説家 石川 達三

秋田じんぶつ史 第十二回 小説家 石川 達三第一回芥川賞を受賞した社会派作家

社会問題に正面から取り組んだ小説というと、読むのが辛くなるような気がする。だが、社会派作家石川達三の作品は、書名が流行語となるほどのベストセラー小説であった。

石川達三は、明治三十八年、平鹿郡横手町(現・横手市)に生まれた。中学の英語教師だった父が秋田中学の教頭に栄転したことで秋田市に、さらに、父の同校の退職・就職に伴って東京に、そして岡山県高梁市(現)にと、七歳で秋田を離れた。

早稲田大学を中退後、携わっていた雑誌の編集者を退職して移民船に乗り、ブラジルに渡る。船内での見聞を基に書き上げた小説『蒼氓(そうぼう)』が昭和十年に第一回芥川賞を受賞し、社会派作家としてスタートした。

作品には、『日蔭の村』『生きてゐる兵隊』『風にそよぐ葦』『四十八歳の抵抗』『人間の壁』『金環蝕』『青春の蹉跌』などがある。

父方の祖父は南部藩の右筆(ゆうひつ)を務め、三人が軍人、一人が朝日新聞学芸部長という伯父たちをもつ石川は、自伝的小説『私ひとりの私』の中で「私には(不良になるような)そういう素質が無かった。それは私の家系、私の育てられた家庭、そして兄弟たちによって培われて来た環境が、ある種の厳格なものを持っていたからであった。それがもはや動かしがたい私の骨格となり血液となっていることを、私は信じていた」と書いている。

その体質は、昭和三十年代初頭と五十年の自由についての発言にも現れた。後者は日本ペンクラブ会長に就任時の「譲れる自由と譲れない自由がある」という発言で、抽象的な論議や奔放な表現を続けているうちに、現実は不自由になっていく、という認識に基づいていた。思えば、「譲れる自由と譲れない自由」は、むしろ権力が逆の側から活用してきたという気がする。

昭和六十年に、石川達三は七十九歳で亡くなった。朝日新聞社の小倉一彦記者は、「最晩年の石川先生」(秋田青年会館発行『あきた「青年広論」』)の中で、「政治腐敗、教育、環境破壊etc、社会の根幹にかかわるところで、いかに民が本当の意味の自由と、かけ離れたところで生かされているか」を訴えていた石川達三は、「たかだか性描写で反体制的な激しい表現をし、『表現の自由』を叫ぶ作家とは比べものにならないほどの『自由への熱い思い』」を持っていたと、硬骨の作家石川達三の晩年になっても衰えなかった意思を伝えている。

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文/日本ペンクラブ会員 遠藤 知子

石川達三記念室
石川達三記念室
秋田市立中央図書館明徳館の「石川達三記念室」。
著書や原稿・写真パネルとともに油絵も展示され、多趣味の石川の面影を伝えている。
秋田市千秋明徳町4ー4 電話018(832)9220
肖像写真提供 秋田市立中央図書館明徳館


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※前号の表記中「山本ふるさと文化館」は「三種町山本ふるさと文化館」、「現・三種町山本町」は
「現・三種町下岩川」の誤りでした。お詫びして訂正します。


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