職員への知事年頭あいさつ要旨(平成27年1月5日)

2015年01月07日 | コンテンツ番号 9089

1月5日(月) 県正庁

 まずは職員の皆様、明けましておめでとうございます。
 今年は、このように新しくなったホールでということで、何となく気分が一新したような感じがいたします。
 今年も昨年に引き続きまして、休みは9連休。危機管理関係、除雪関係、施設管理関係、医療福祉関係等の人に加え、今年は2月議会が県議会選挙で早まりますので、予算編成の時期がタイトで、予算編成関係の人もフルに休めなかった人はいると思います。ただ、大半の職員は9連休ということで、ゆっくり休んだと思います。休み疲れの人も少しいるのかなと。
 雪の方、12月に大変降りまして、また、年末年始は大雪の予報が出ていましたので大変心配いたしましたけれども、極端なことはないようです。ただ、横手・湯沢よりも私の郷里の角館が大変多くて、帰りましたら家が埋まっているような状態でした。相変わらず雪下ろし等の事故が続いております。念には念を入れて市町村と連携を取りながら、事故の防止に努めていかなければならないと思います。

 街の様子ですが、様々な見方もございますけれども、何となく好況感が少し出ているのかなと。12月の前半は選挙もありまして、忘年会はちょっと低調でしたけれども、選挙が終わってからは大分賑わっているような感じがいたしました。ただ、これはやはり時代が変わっていますので、大分昔ながらの同じやり方のところと、時代の変化を捉えたところでは、お店は大分違うと。店によっても違うようでございますが、全般的に何となく今年は飲む量が多いような感じがいたしました。
 デパート、それから初詣の神社も結構人が出たようでございます。
 まず私たちは、今日が仕事初めということで、また新たな気持ちで、ひとつ仕事に取り組んでいただきたいと思います。

 毎年、各部局の重点事項等について触れておりますが、これは改めて年度初めに話すことにいたしまして、今日はもう少しベーシックな話にしたいと思います。幾つか、いわゆる地方創生に絡んだ話もあります。
 まず、我が国の今の内政問題の柱は、やはり経済全体としては国のアベノミクスの成果をどう広めるか、そして、その根本には地方や中小企業にどのように光を当てていくかという点にあると思います。
 言い換えますと、まず、首都圏と地方圏、大企業と中小企業との格差拡大をどのように捉え、どのようにその差を縮めるのかという点にあると思います。さらにこれをもう少し砕いて言いますと、その格差は、そこに属する人々の間の格差ということにもなると思います。特に首都圏と地方圏の格差は、人口問題という大変大きな課題にも直接リンクする問題であります。

 私もこの休み、ゆっくり休ませていただきましたので、いろんなテレビ番組を見たり、いろんな雑誌・本をのぞいたりしました。何となく今年は、やはり格差、この問題について捉えた番組が多いようです。また、雑誌・新聞等、出版物においても、地方と首都圏との問題も含めて経済格差、所得格差、こういうものを扱ったものが多かったように思います。
 その中で、皆さんの中にも読んだ方がいらっしゃるかもしれませんけれども、フランスの経済学者トマ・ピケティの『21世紀の資本』、今、この本がベストセラーだそうです。長期にわたる経済指標等から近代資本主義の結末として格差の拡大を説いているもので、経済成長の度合よりも富の集中の度合の方が大きいということであります。持てる者と持たざる者の格差が、ますます広がっているということですが、私も本そのものはまだ読んでいませんけれども、その解説版を手に入れましてチラッとのぞいただけであります。
 一方で、その経済システムとして資本主義に代わる経済システムは今のところ見つからずに、やはり資本主義をベースとして何らかの修正行為が必要だという論も展開しているようであります。
 おもしろいのは、格差の拡大というものについて、それは経済分野の問題ではなくて、やはり政治分野の問題という捉え方をしているということでございます。大変興味深い本でございまして、できるだけ早く読みたいと思っています。

 また、テレビの深夜番組で、30代から40代くらいの若手の経済学者、社会学者、経営者、グローバルな仕事に携わっている方、いわゆる第一線の若手の人々の討論番組がありました。ついつい夜更しして最後まで見ましたけれども、ここでも様々な格差の問題が触れられております。グローバリズムの中での日本の流れ、それに対する処方箋があるやなしやなど、第一線の若手の考えに触れまして、大変興味深くこの番組を見た次第でございます。
 一言で言えば、文明の一つの過程の中での現象で、答えはなかなか見つからないという結論が多かったように思います。もう一つ、自由があり過ぎる結果、社会が神経質、すなわちあれも駄目、これも駄目というオーバーコンプライアンスの状態で、物を言いにくい世の中になっている、これが活力の減退につながっているのではないかということを言っている人もいました。また、全体として、今の人口問題も含め、日本人の生命力が非常に弱まっているということを言っている人もいました。すべていろんなことがありますけれども、大変若手の第一線の人々のストレートな考えでありまして、本当にいろんな面でおもしろく見ました。
 さらに、いろんな問題の中で、将来の職業構成はどうなるのか。実は、知識階層がいらなくなると。ホワイトカラーはいらない。それで、残るのは人間の本能的、あるいは人間そのものの能力でしかできない部門、逆に言いますと昔ながらの部門、これが残るだろう。その結果、事務作業は機械化しますので、結局は格差がまた広がる。その資本を持ったところはドンドン広がる。
 ですから、将来は大変な格差社会の中で、雇用はもっともっと減るという、そういう論まで出ています。しかも減るのが知識層、これなどは本当かなと思いますけれども、言えないこともない。
 今の工業社会、まさにそういう状態ですから、ホワイトカラーまでそうなっています。実際、同じ物事をするためには、今いわゆるICTの関係で相当人はいらなくなっています。ですから、最後の考える部門が少しあればいいという、いずれ大変な、この後の世の中の変動があるのかなというふうに思います。

 そういう中で、私ども首都圏一極集中から地方の再生を通して、長期的に我が国の人口縮小傾向に歯止めをかけようという政策が、いよいよ国でも取り組むことになったわけであります。本県を含めまして多くの過疎県では、これまでも様々な取り組みをしてきましたが、地方の力だけでは大きな流れを変えることはできなかったわけであります。
 このような中で今般、国も企業の本社機能の地方移転の促進策や規制改革等によりまして、東京一極集中の流れを変える中で、同時に地方へ一定の財源を付与し、地方がより努力して魅力度を高めることにより、将来的に首都圏と地方圏のバランスの取れた人口構成にし、一定規模の人口を維持しようという目論見であります。
 しかし、マスコミや識者の見方では、ほとんど懐疑的です。評価する論評は、この正月いろんなものを見ても、ほとんど見受けられない。政府関係の出版物以外は、まずほとんど零点です。
 それがいいかどうかは分りませんけれども、だから何もやらないという問題ではなくて、それはそれとして、地方行政体は貴重な財源を活用して、知恵を絞り、有効な政策展開を最大限努力しなければならないわけであります。
 さらに将来の社会経済構造の変化を見据えた場合には、どうも単純に金をかけて政策を展開すれば解決できる問題ではないことを認識しなければならないと思います。歴代の政府も地方も、ずっとこれまでも地方の活性化、それを通じた所得の拡大、あるいは人口問題への取り組みはこれまでもずっとやってきた。でも、ほぼ成功例はゼロ。確かにどっかの町で、小さな町で一部に成功事例はあったとしても、それを全部に当てはめた場合は、全く算数的にも当てはまらない。やっぱりグローバリズム、いろんな現象の中で大きな流れがどうなるのか、ここら辺をつかまないことには、コミコミと地方の小さな事例を積み重ねてもなかなかうまくいかないということもあろうと思います。
 また、東京がどうなるのかと。今、東京の目指す目標は、日本一住みやすいというか世界一住みやすい、お年寄りにとっても世界一住みやすい都市、理想の都市、これがこれからの東京の目指す姿であります。これは東京都だけではなくて、日本政府もそれを目指すということになります。
 東京を敵にして、悪者にしても、これは解決しません。逆にグローバリズムやソフト経済化、金融経済化、あるいは情報社会化の流れが進む中で、東京の力を無理やり弱めることは、国全体の活力を削ぐことになります。それは逆に、我々のマイナスにもなります。そこが非常に大きな目のつけ所です。 
 東京を悪者にするのではなくて、これからもきっちりと首都機能を維持してもらわなければ困るわけであります。
 また、よく東京の住宅は狭く、通勤に時間がかかり、環境は悪くと言っても、あるいは単に雇用の場があるからという単純なことではなくて、東京にもマイナスはありますけれども、でもそこに得体の知れないメガタウンとしての魅力を感じまして、むしろこれからも東京に出る人は増えます。行きたい人は、もっともっと増えます。こういうことを分かった上で、東京と単に比べるのではなくて、我々は我々の故郷の魅力を、どう高めるかという大きな難しい問題に突き当たっているわけであります。

 元旦に皇居の新年祝賀の儀に参加するために東京に若干滞在しました。秋田の人と、あっちこっちで会います。冬だけ、あるいはお正月に東京で過ごすという人は大分増えています。ホテル暮らしです。お年寄りにとっても、休みの僅かな時間でも東京は魅力的です。
 また最近、お正月のおせち料理も含めて物が売れない。県内のいろんな旅館、ホテルはほぼ満員状態です。お正月はホテルで過ごす、旅館で過ごす、そういう層が非常に増えています。当然これは、街の物が売れなくなる、そういうことにほかなりません。
 また、新聞・テレビで、お正月前後のインターネットの料理のレシピ、アクセス件数が一番多いのが「すき焼き」だそうです。お正月の定番料理で一番食べられるのが「すき焼き」のようです。ですから、全く世の中というのは変わっています。
 そういう中で我々は自分の足元を見つめ、ビッグデータも含めて、いろんなことを知りながらこれからかからなければならない。やみくもに6次産業化と言っても、経済論的に日本の食べ物に関して言いますと、消費は減ります。人口減少ですから。幾ら作っても食べる人はいません。ですから、いいものの選択が始まります。
 特に、私は食い物に詳しいから言うわけじゃないですけれども、有り体に言いますと、6次産業化でまともに売れているものは、日本全国でほとんどありません。秋田の中のものでも、日本に通ずるもの、世の中に通ずるものは、ほとんどないに等しい。独りよがりの6次産業化、これではどうしようもない。
 ですから、日本全国に、例えば6次産業化の拠点施設を造っても、これはまた無駄な投資になります。確実に様々な情報を得て、いろんな面で本当の意味の一級品、これを作らなければどうしようもないということです。井の中の蛙ではどうしようもない。特に秋田は井の中の蛙です。よそを知りません。ただただ自分のことだけで変動せず、自分のところのものが最高だと思っている。それはそれでいいけれども、それでは通じない。自分のところのものを客観的に評価する。そして、比較優位の中で、どう位置付けるか、そこがこれからの鍵になります。

 秋田も全国的に、また国際的に通じているものを見ますと、歴史の中で非常に厳しい時期もあったけれども、常にトップレベルの水準を維持し、しかも非常に厳しい中で努力を続けてきたもの、歴史の中で培われたものが非常に今、見直されているものがあります。まさに、例えばお酒がそうであります。秋田のお酒は、やはり日本一であります。これは誇ってもいい。さらに、例えば一部の工芸品もあります。
 また非常に初歩的な成功体験ですけれども、県が携わったもので例えば肉牛の部門で「義平福」があります。例えば「義平福」を日本のチャンピオンにしようという大変大きな目標を6年前に立て、関係者と一丸となって一生懸命頑張った成果です。まだ本当の意味での成功には至っていませんが、入り口ですけれども。
 やはりいろんな面で様々な、小さいことであっても一つ一つ比較優位の中で、どう位置付けられるのか、どのような努力をしても比較優位のトップに位置しない無理なものは逆にやめた方がいいと思います。何を捨てて、何を優先するか、これもこれからの秋田の産業、いわゆる地場産業の一つの大きな目安になるのかなと思います。
 また、我々の成功体験、実は非常に日本の弱みですけれども、我々と関係があるところの成功体験しか我々は情報を持っていないです。成功体験の多くは、県、あるいは市町村、行政と関係ないところでたくさんあるんです。実は行政と関係があるところの成功体験というのは非常に少ない。なぜかというと、補助金でやるからです。実は全く行政と関係ないところの成功体験の情報はほとんどない。こういうこともこれからの産業政策、あるいは福祉・医療でも、こういうことはやっぱり頭の中に入れなきゃならないと思います。

 いずれ、これからは結婚支援、子育て支援、あるいは医療・福祉環境、こういうものについて、これからもしっかりと充実しながら、一方で雇用の場をどう確保するか。しかも、この雇用の場というのは、すべて比較優位の中でしか生まれません。比較優位の中で低位にあるものは雇用には結びつきません。ですから、これから非常に厳しい目で見なければならないと思います。
 地方再生には奇策も特効薬もございません。これまでの延長線上であります。ただ、先程言ったとおり井の中の蛙ではなくて、徹底していろんな面で比較優位の中で、どう位置付けられるのか、半端ではないです。それこそ東北一、あるいは日本一、世界一、何らかの形でそのくらいの評価を得るものを目標にして、それに進む。無理な時は撤退する。これがこれからのいろんな面で必要なことではないかと思います。
 いろんなことをガタガタ言いましたけれども、いずれ我々、これからどうするのか、ひとつ皆さん方、しっかりと考えていただきたいと思います。

 もう一つ、限られた財源を我々の秋田の創生のために有効に活用するためには、あれもこれもはできません。前に私、議会の委員会で議論の中で言ったことがあります。政治は何のためにあるのか。一般ウケするためには、当然国民や住民の幸せを追求するのが政治です。
 ただ、その手法として国民の要望をできるだけ聞いて、サービスをよくして、様々な施設を造って補助金を増やす、これが「よい政治」というふうにずっと捉えられてきています。どうしても選挙制度がありますので、政治家というのは、そう捉えがちです。
 しかし、欧米の民主主義の政治の役割、これは日本人が聞くとちょっと嫌みに聞こえます。本来、政治の役割は、利権利害の調整です。利権というのは、人それぞれ利益と権利を追求する権利はありますから。我々が県民、国民に幸せを与えるという、こんなおこがましいことはないわけです。
 皆さん方、役所から幸せを与えられて、おもしろいですか。おもしろくないでしょう。幸せは自分で築くものです。しかし、いわゆる利権利害の調整を通して、幸せを個々人が築けるベースをつくるのが我々の仕事です。これを間違うと駄目です。
 結局地方もそうです。国もそうです。まさに財政悪化につながっている。何でも一旦我々行政が、そこに金を入れて、我々のところで中間経費を取って、ばらまき。必要なものは必要ですけど、どうもそうじゃないんじゃないか。まさに先程言ったピケティの格差の縮小、これは経済分野の仕事ではなくて、政治分野の仕事ということは、その持てる者と持たざる者との利権利害の調整をちゃんとやることによって格差の縮小が図られるということにほかならないのではないかと思います。これは県民、国民の責任ではない、まさに政治の責任です。これから我々政治家、あるいは行政に求められるのは、何を選択し、何を優先するか、何を撤退するか、しかし、これは相当県民、国民のご理解を得る必要がございます。理解を得ないで今までの仕組みをいきなりガラッと変えるっていうことはできません。
 理解を得るということは、いかに我々の仕事に信頼をいただくか。信頼のない人から言われても、これは国民、県民は聞きません。いかに我々信頼のある仕事を進めるかという、これにほかならないわけであります。信頼のある仕事を通して、いろんな面でこれからの本当の意味の、日本の、あるいは秋田のやらなければならないこと、重点事項は何なのか、本当に危機感を感じて進まなければならないのは何なのか。これを県民の皆さんによく知ってもらって、理解を得ながら我々が政策展開することがまさに今年あたりが、その節目であろうと思います。
 いずれいろんな面で大変な時代であります。今年はすべて国政も、あるいは世界情勢も、地方行政も、一つの大きな戦後の転機になろうと思います。まずは柔軟な発想を持って、先程言った井の中の蛙にならずに、様々な大きな流れをちゃんと踏まえながら、しかし足元をもう一回ずっと見つめ直すといろんなものがあります。
 秋田の酒がもう全滅するだろうという時代もあったんです。でも違ったんです。いろんなものをもう一回見つめ直すことによって、まさに先程言った東京にはない秋田だからこその魅力を探し当て、これに磨きをかける、それしか道はないと思います。
 そういうことで今年一年、時代の節目でありますけれども、皆様方、農林水産業、中小企業政策、こういう関係での雇用確保の問題、高齢化に伴ういろんな福祉・医療の関係、さらに全体に通ずる環境、県土の整備、こういうものをバランスよくやりながら、その中で皆様方の仕事すべてが全部リンクした時に、秋田の再生というものが見えるような仕事にしていただきたいと思います。
 今日は何か私の正月に見たテレビだとか、雑誌だとか、いろんな面から雑学をバッパと入れて、脈略なく話しましたけれども、そういうことで話を終わらせていただきます。
 健康に留意して、今年一年、一緒に頑張りましょう。ありがとうございます。