美酒王国秋田ガイドブック ~蔵元の歴史と蔵元MAP~

2014年04月25日 | コンテンツ番号 8168

図:美酒王国秋田ガイドブック

秋田の酒造業の歴史

 秋田県の酒造業の歴史は古く、創業百年以上の蔵元が全体の3分の2、25蔵を数えます。
 秋田は、米どころとして原料米の確保が容易で、寒冷積雪の冬が長いことから水にも恵まれるなど、清酒醸造にとっては好条件であったため県内各地に多くの酒造業が興りました。
 江戸時代、17世紀、秋田の酒造業は鉱山の開発に伴い、大きく発展しました。県北の小坂、尾去沢鉱山のほか、県南には我が国 最 大の銀 山といわれた院 内 銀 山があり、当 時の鉱 山には7,000人余りの人々が働き、周辺住民を含めると1万5,000人、当時の佐竹藩の城下町久保田(現 秋田市)をしのぐ盛況ぶりだったと伝えられています。娯楽の少ない鉱山周辺の山中にあって酒が必要不可欠なものであったと考えられます。これにより、湯沢、矢島をはじめ、鉱山近辺の酒造業は盛んとなり、新たな酒造家も創業されるようになりました。
 1618年に佐竹藩が、幕府に提出した口上書によると、藩内には746の酒造家があり、当時の酒造業は佐竹藩において重要な産業でした。また、18世紀初め、江戸幕府による酒造の減産令が出された時も、佐竹藩が「寒い国の領民に迷惑不便が及ぶ」として幕府の了解を得て酒造の保護策をとるなど、酒造業が栄える基盤がありました。

表:蔵元の創業年
図:秋田の蔵元MAP

【発行・監修】 秋田県、秋田県酒造協同組合(2013.10) [Web版(2014.4)]