古来より、農民たちは山を神とみなしてきた。
 田植えが近づくと、「山の神」が里に降りて「田の神」になり、秋の収穫が終わると、また山に帰って「山の神」になると信じられてきた。10月15日が「田の神」が「山の神」になる日と言われ、餅を供え山へ送った。
 こうした自然に対する信仰心は、自然が、厳しい北国の気候風土に生きる人々に、多くの恵みをもたらしてきたからである。だが、残念ながら、全国的にみても恵み豊かな原生林と呼べる森は、ごく限られた地域にしか残っていないと言われて久しい。
 ここでは、単なる美しい自然ではなく、質的に高い秋田の原生的な自然と風土を中心に紹介、美人や美酒、美味しいお米を育てた名水が流れ、そうしたものを守り続けてきた人たちが暮らす秋田の魅力を再発見、再評価していただければ幸いである。

写真:森吉山のクマゲラ

 「豊かな自然」という言葉は、農畜産物をアピールする場合、どこの市町村、どこの県でも使っているが、問題は「自然の質」である。
 例えば、白神山地や森吉山でクマゲラの生息が確認されているが、それがどういう意味を持つのかを考えず、ただ天然記念物が見つかったぐらいにしか思わないのが通例である。
 しかし、クマゲラは、1つのツガイが生息するためにブナの原生林が1,000haも必要な特殊な鳥であり、クマゲラが生息しているということは、それだけまとまった質の高い原生林が残っている証左なのである。
 クマゲラは、自然度が高い秋田といえども、ごく一部でしか確認されていない。一般的に自然度を図る尺度として、天然の渓流魚や山菜・きのこはどうだろうか。秋田の山と渓谷は今でも山の幸の宝庫であり、質・量ともに日本一ではないかと思う。これもまた、豊かな自然の証のひとつであると言えるだろう。
 秋田の山は、標高が1,000m前後と低く高さでは日本アルプスなどには到底かなわない。さらに、山の頂上までブナや笹藪に覆われ見晴らしも悪い山が多い。縦走などを試みれば、笹海の中に彷徨するような場所はいくつもある。
 だが、ひとたび、山の懐、すなわち渓谷へ向かえば、ブナを主体とした森に覆われ、清冽な水が溢れんばかりに流れている。
 秋田の自然は、母なる森と水が群を抜いて秀逸していることに気づくだろう。その自然は、まさに秋田の農業農村を支えてきた命の森である。
 わたしたちは、この森を「母なる森」と呼んでいる。

<参考文献>

  • 「秋田の山歩き」藤原優太郎著、無明舎出版
  • 「ぐるっと森吉山、改訂版」宮野貞壽著、秋田魁新報社
  • 写真集「鳥海山紀行」淡路利行著、秋田魁新報社
  • 写真集「美の国秋田」秋田県、平成4年3月
  • 「山野草ポケット図鑑」栃の葉書房
  • 「奥羽山系 雪国の草花」雪国の草花刊行会編
  • 白神山地や和賀山塊、マタギの森の写真は、農地計画課職員が趣味として撮影した写真を借用した。