金の長いも(鹿角の伝説)

2009年12月15日 | コンテンツ番号 384

第5話 金の長いも

 徳川家康が江戸に幕府を開いた頃の話である。みちのくの津軽と南部の境を定めるために十左衛門(じゅうさえもん)という南部の代官が鹿角にやってきた。十左衛門は、錦木から尾去沢の山々を調べ、まずこの辺を境にしようと決め、しばらくこの場所に住むことにした。

 村人は、代官様がこのような田舎にわざわざ来てくれたとのことで、ご苦労のお見舞いにと、代官の家を代わる代わる訪ねた。そして、十左衛門の屋敷は村人の訪問でにぎやかになった。

 十左衛門は、親切にも、訪ねてきた村人の話し相手になり、百姓の仕事の難儀さや作物のできぐあいなどの話に耳をかしてやったので、村人も喜び、十左衛門のことを、「こんど来た代官様は、いい人だ、南部一のいい男だ。」とうわさしあっていた。

 さて、ある日のこと。百姓の女が二人の息子を連れて十左衛門の屋敷を訪ねて来た。十左衛門は、あいにくその日が忙しかったため、話を聞いてやることができず、別の日にまた来るようにと話して帰した。女は帰るときに、土産にと持ってきたワラの包みを十左衛門に置いていった。その晩、十左衛門がその包みを開けて見ると、中から四尺ほどの長さの長芋が出てきた。「おお、これは見事なものじゃ。」と手にとってよく見ると、その芋はキラキラと金色に光っていた。十左衛門は驚き、今日の用件を聞いてやるということこの芋を持って来た女へさっそく使いを出した。そして、家来は、その夜のうちにその百姓の女を連れてきた。

 「今日訪ねてきた時のお前の用件とはどんな事じゃ。」十左衛門は親切に尋ねた。女によると、十数年前に夫が死んでから、欲張りの伯父に夫が残した土地を全部取り上げられてしまい、どうやって自分たちは生きていったらよいのかと困っているとのことであった。

 「お前には子供はいるのか。」と十左衛門が聞くと、「太郎子、次郎子という二人の子供がおります。」と言い、百姓の女は暗がりの外を指さした。見ると、そまつな格好をした若者と、その弟と思われる少年が、地べたに座って心配そうに成り行きを見守っていた。正直そうな二人の若者の顔を見て、「よろしい、よく調べてできるだけの事をしてやる。まず今夜は安心して帰りなさい。」と十左衛門は申し渡してその親子を帰した。次の日からさっそく、村の長老を集めて意見を聞き、女の伯父も呼んで事実関係を調べると、すべて百姓の女の言ったとおりであった。

 そこで、十左衛門は、伯父が女から取り上げた土地を女に返すように話を進め、この事件を円満に解決してやった。百姓の女は、とても喜び、村に帰って皆にこのことを話した。

 それからは、「お代官様は、長芋がお好きらしい。」「長芋を土産に持っていくと、悩み事を解決してもらえる。」という噂がたち、十左衛門のところには、長芋を掘って差し出す者が次々と現れ、屋敷の台所も長芋の山でうずまるほどであった。

 さて、十左衛門がその芋を一つ一つ調べて見ると、どれにもみんな少しずつの金の砂が付いていた。「百姓は砂金というもののありがたさを知らないのか。」と十左衛門は家来をつれて百姓の女を訪ねた。そして芋畑の場所を教えてもらいよく調べると、やはり辺り一帯はすばらしい砂金の畑であった。

 十左衛門はすぐに境界を決めて、ここへ番所を置いた。そして、太郎子や次郎子とも力を合わせ、ここの畑の土を水に入れて、かきまぜ、流し、残った砂を乾かすなどして、たくさんの砂金を採取した。

 これが、白根金山発見の始まりと伝えられている。