平成20年度県指定 桂葉・里鶯父子渟城家文芸資料

2011年05月31日 | コンテンツ番号 3379

桂葉・里鶯父子渟城家文芸資料 9点

画像:千鳥足
千鳥足(桂葉筆、32丁)
画像:褪之記
褪之記(桂葉筆、10丁)

桂葉・里鶯父子渟城家文芸資料は、渟城家に所蔵される資料のうち、秋田歌学・俳諧の祖とされる桂葉・里鶯父子の文芸に関する著作及び遺品からなる。

大光院桂葉(名尊為、1624-1706)は現在の能代市に生まれ、能代鎮守八幡・山王神社別当や秋田藩初の修験大頭職を務めるかたわら、北村季吟に学び、延宝8年(1680)には井原西鶴が大坂で興行した四千句独吟大矢数俳諧の脇座(確認役)の一人に選ばれるなど中央でも名をなした。

桂葉の長子里鶯(名尊閑、1651-1737)は、父の後を継いで八幡神社別当に就き、父と同様季吟に入門、一時伊勢久居の藤堂氏の許にあって上方俳壇で活躍した。

「千鳥足」「褪之記」「里鶯覚書」は桂葉・里鶯が著したもので、能代の風物、風俗、交友、歌作を記す。「柿本人麿名号」「松永貞徳筆・柿本人麿講式の奥書」は歌会作法を伝える。また「秀歌大略」他3点は、近世初期の地方における文芸享受の実態を伝える得難い資料であり、本文芸資料が桂葉父子の後裔である八幡神社の渟城家に一括保存されてきた意義は大きい。

なお、各資料の表題及び表題下の桂葉、里鶯名の多くは筆跡が共通し、能代八幡神社神官渟城毅(1887-1952)の筆と伝える。桂葉には東北初の大部な俳書『八束穂集』(延宝8年(1680)京武村三郎兵衛板)があり、全国の著名俳人の2,135句を収録するが、四季立て四冊のうち春冬二冊だけ現存(横手市立増田図書館蔵)し、夏秋二冊の欠本が惜しまれる。元禄年中の「季吟桂葉両吟百韻」(美郷町六郷個人蔵)は昭和60年県有形文化財に指定済みである。