猿賀さま(鹿角の伝説)

2009年12月16日 | コンテンツ番号 321

猿賀(さるが)さま

 昔、約1600年ほど前の仁徳天皇のころ、蝦夷征伐のために田道(たみち)将軍が都から鹿角へ攻めて来たときのことである。田道将軍は、米代川をさかのぼり、石野という場所に上陸した。その時、鹿角にいた蝦夷たちは、丸館の近くの軍森(いくさもり)に集まり、田道将軍の兵隊を迎えた。そして、両軍の戦が始まると、当初は戦上手な田道将軍の方が優勢であったが、兵力も足りず、しだいに劣勢となり、田道将軍は蝦夷の射った毒矢に当たって倒れた。そして死ぬ前に「おれが死んでも死体はかならず大蛇に化け、毒を吐いて蝦夷を滅ぼしてやる。」と言ったという。

 将軍の死後、将軍の死体が埋められ墓が建てられ、神社も建てられたが、その神社はいつしか“猿賀さま”と呼ばれるようになった。

 ある時、いたずらな若者が猿賀さまの墓石を掘ってみたら、ほんとうに大蛇が出て、若者は大蛇に噛まれて死んでしまったそうだ。

 今の猿賀神社の境内にある庚申塚には、見ざる、言わざる、聞かざるの三猿を彫ったものがあるが、戦争に負けた田道将軍の言葉を、見ないで、言わないで、聞かないようにするためのものと言われている。将軍田道祠(ほこら)と刻まれた碑や田道将軍戦没之地という碑もたっている。