オナメ・モトメ(鹿角の伝説)

2009年12月14日 | コンテンツ番号 318

オナメ・モトメ

 昔、江戸時代の中頃、今の岩手県雫石方面から仙岩峠を越え田沢湖の生保内まで、牛を引いて荷物を運ぶ仕事をしていた喜平という若い男がいた。

 ある時、喜平はたくさんの荷物をいつものとおり牛5頭に積んで運んでいた。あと少しで生保内に着くというところで5~6人の追いはぎに襲われ、喜平は、荷物もすべて盗まれたうえ、半殺しの目に遭い道端に倒れ気絶した。その後、喜平は旅人に発見され、手当の甲斐があって、ようやく息をふきかえした。
 怪我をした、喜平は、傷を治すため、体の傷や痛みに効く温泉として評判の高い後生掛の湯へ重い体を引きずってやっとのことでやって来て、そこに小屋を建てて湯治することにした。

 ある時、全身傷とあざだらけの喜平が、露天の湯から上がり横になっていた時、一人の巡礼姿の娘が、ちょうどここを通りかかった。彼女は、両親を亡くし供養のために下北半島の恐山や仏ケ浦などの霊場を巡って歩いてきた後、八幡平を目指している途中であった。娘は、この痛々しく苦しそうな男の様子を見て気の毒に思い、男を介護し助けてあげることにした。

 娘は、毎日、手早く薬を作っては男の体に塗ってあげたり、身の回りのことをよく世話してあげた。そのおかげで、数日すると喜平の傷もすっかり良くなり、もとの元気な体にもどった。

 やがて、2人は夫婦になり、喜平は夏には牛を使って湯治客の荷物を運んだり、冬はマタギ(狩猟する人)の仕事をして、仲良く幸せに暮らした。

 それからしばらくしたある日のこと、一人の女が喜平を探しにやってきた。喜平には、以前、岩手県雫石村で荷運びをして暮らしていた頃に一緒になった妻がいたのであった。その妻は、仕事に出掛けたまま戻ってこない夫の喜平を心配しながら家で待っていたのだが、いくら待っても帰ってこないため探しに出て、方々に聞き回っているうちに、後生掛にいるらしいといううわさを聞き、ここを訪ねてきたのであった。

 ところが、そこでは若い娘が夫と仲むつまじく暮らしていたため、妻は、「今では、夫の気持ちはすっかりこの娘の方に移ってしまっている。くやしいけれども、夫の気持ちを以前のようにもどして自分と一緒に暮らすことはむずかしい。」と嘆き悲しんだ末、地獄谷と恐れられて勢いよく湯が噴き出している湯つぼに向かって飛び込み、自殺した。

 そのことを知った娘は、他人の夫を盗んだ罪の深さにひどく苦しみ、後悔の気持ちをどうすることもできず、喜平の妻の後を追うように、その湯つぼを目がけて飛び込んでしまった。
 その瞬間、ドーンという大きな音がして、2本の高い噴泉が新しくできた。それから、この二つの噴泉はお互いに競争するように、ゴー、ゴボッ、ゴボッと不気味な音をたてて、熱い蒸気や熱湯を噴き続けた。

 喜平も、自分の罪の深さと悲しい運命を嘆き、二人の女たちを弔うために、大きな石に女たちの戒名を刻み、毎日拝み続けた。

 それから、この二つの大噴泉を「オナメ・モトメ(妾・本妻の意)」と呼ぶようになった。

 また、女たちの後生(死後極楽の世界に生まれかわって往けること)のために、その後の一生を掛けて拝み続けた喜平の姿を見て、この辺のことを後生掛と言うようになったとのことである。